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ジブリ映画「耳をすませば」の呪縛にかかった人生【失敗談】

こんにちは、「耳をすませば」(以下:耳すま)が大好き過ぎて、60回以上繰り返し見た上、男三人で「耳すま」のセリフを全部言う会、と言う切ない夜長を過ごした経験を持つキドリ(@kidori6803)です。

お前のことがずっと前から好きだったんだ!


あ〜、寺行きて〜、ってなったあなた。

聖蹟桜ヶ丘に一緒に行きましょう!
そこで、猫を追いかけてみたり、自転車の後ろに人を乗せて坂道登ってみたりしましょう!

ここまで読んで「は、何やねん」となった方、すみません。

今日のブログは、僕の耳すまへの感謝と愛の手紙ですので、意味がわからん方は、一つ前の真面目な記事を読んでみてくださいね。

学びを習慣化するために僕が実践していること【勉強は隙間時間だけ】


映画を繰り返し見ていると、まるで自分がその映画の主人公になったかのような不思議な錯覚に陥ることがあります。

おこがましいことですが、僕はこれまで何度となく「耳すま」主人公の天沢聖司と自分を重ね合わせ、真似事をして、周囲(特に同世代の女性)から異物的な扱いを受ける、と言う憂き目を見てきました。

映画内での聖司の行動は、ナルシスト過ぎる上に一歩間違えればストーカー。

イケメンだから許されると僕が気づいたのは、最近のことでした。


耳すま好きにしか伝わらない、僕の20年に渡る耳すま人生(失敗版)をどうぞ楽しみください。

「耳をすませば」との出会い

出会いは小学校6年生の金曜の夜。

そう、金曜ロードショーで数年に一度に放送される「耳をすませば」で僕の人生はすっかり天沢聖司と月島雫に取り憑かれてしまったのです。

月曜日の朝教室に入ると、女子児童がキャーキャー騒いでいました。

みんな、金曜日の「耳すま」の放送を見ていたようで、

あたし、中学生になったら聖司くんみたいな素敵な先輩と付き合いたい〜

(え、聖司は先輩ちゃうやん・・・どっちも受験生やって話出てたやん)

どっかに聖司くんみたいな人いないかな〜

(欲張り過ぎやで。イケメンでヴァイオリン作れて、ヒョイっと海外留学させてもらえる金持ちの息子なんて、そうそうおらへんで。つか、何でこの学校におらん前提やねん)



と、思わずエセ関西弁で突っ込みたくなるような浮かれっぷりでした。

もちろん、僕も大声で「雫ぅぅぅぅ!!」って叫びたかったのですが、この女子軍団の前では冷静でいようと、必死に発言を我慢していました。

図書館に通う日々

「耳すま」を見てからと言うものの、今までほとんど縁のなかった図書館が、学校で一番魅力的な場所のように思えて、全ての休み時間を図書館で過ごすようになりました。

ちょうどその頃「ハリーポッター」の第1巻“賢者の石”が出版された頃で、「分厚い本=聖司っぽい」と言う思い込みから、いろいろな場所でハリーポッターを読むようになりました。

もちろん、ベンチに座って読んだこともあります。

当然「あ、これあんたのか。ほらよ、月島雫。」的な展開を期待しましたが、憧れの女の子は現れませんでした。

気づけば僕は、ドッヂボールにもサッカーにも参加しない、“本ばかり読んでいる真面目系キャラ”になっていました。

本当は下心しかなかったのに。

保健室に通う日々

「耳すま」の中では、女の子5人組が昼休みに保健室で養護教諭の高坂先生と一緒にご飯を食べるシーンがあります。

中学生になっていた僕は「保健室って耳すまっぽい」

と訳のわからん妄想をして、休み時間に保健室に遊びに行くことが多くなってきました。

完全に中二病です。

本好きで、かつ保健室通いの男。

もうトドメの効かない根暗感を放っていたはずなのに、「俺は天沢聖司」的幻想を抱くヤバイ奴になっていました。

今思えば、天沢聖司は保健室に通っていません。

授業中に物語を書き始める

中3の受験期になると、誰でも経験したことがあるはずの自問自答が始まりました。

「なんで受験勉強なんてしなきゃいけないんだろう?あそこの高校に入らなきゃいけないのはなぜ?もう受験なんてどうでもいい!」

と、雫の(お姉ちゃんの)発言を借りて、自らに刷り込み、「そうだ、物語を書こう」と、雫と同じ道を辿りはじめました。

しかも授業中に。

結局は、もともと作文が苦手な上に、飽きっぽい性格が幸いして、一瞬で雫になる夢(えっ?)は破れ、受験勉強に戻ったのですが、もしあそこで一冊仕上げていたら、今の人生、また違う展開になっていたかもしれません。


よかった、早く「試し」から抜け出せて。

好きでもない相手を追いかけてみる

高校生になると、「耳すま」の図書カードの出会い、のような偶然の出会いに憧れるようになっていました。


ある日、学校の駐輪場で、鍵を拾ってあげたか何かで一瞬話した子に一目惚れ。
と言うか、「偶然の出会い」的な体験をしてしまったせいで、すっかりおかしくなった僕の脳みそが「耳すまだ!」と反応してしまって、その女の子自身ではなく、状況に恋をする、と言う自体が発生しました。


違うクラスだったので、その子の教室まで行って様子を伺ってみたり、同じ部活の友達に話を聞いてみたり(杉村意識)、“耳すま風の恋愛“を勝手に楽しむだけ楽しんで、告白もせずにフェードアウトする、と言う

ただのストーカー案件

を発生させていました。

キモすぎです。

おじいさんになる

大学生〜社会人と、相変わらず「耳すま」を観続け、気づいたことがありました。

映画を見るときの視点が、天沢聖司や月島雫ではなく、西司朗、そう聖司のおじいさん目線になってきているのです。

若者が一生懸命に何かに打ち込む姿に感動し、応援したくなってしまっているのです。

「耳すま」を愛し、体に染み込むまで観続けたことで、精神的な成長スピードが速まってしまったのかもしれません。

まとめ

僕の中で「耳をすませば」は、ジブリ史上最高傑作!
そして人生のバイブル的存在!

しかし、彼らは“超リア充”の中3なのであり、現実世界で同じ展開になることはまずありません。

現実を理解して、耳すまをなぞるような人生にならないように、お気をつけくださいませ!

耳すまありがとう!耳すまらぶ!

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